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あとから取り戻せない記録がある ― 消えやすい記録5つと、今日30分でできる棚卸し

事業を始めて1年、2年と経ってから、はじめて税理士に相談する。これはごく普通のことで、珍しくもなんともありません。ただ、そこで多くの方がつまずくのが、「では、始めた時点まで戻って記録を揃えましょう」と言われた瞬間です。

多くの人はそこで気づきます。ネット銀行の画面には明細が数か月分しか出てこない。販売サイトの取引履歴は、古い分から順に見られなくなっている。通帳は、記帳していなかった数か月がまとめて一行になっている。商品を仕入れたときの値段が分かる資料が、どこにも残っていない。

この記事でお伝えしたいのは、ひとつだけです。記録には「保存しなければならない期間」とは別に、「取得できる期間」がある。そして後者のほうが、たいていずっと短いということです。

1. 「そのうち揃えます」が通らない理由

帳簿や書類を保存すべき期間は、法人でも個人でも、おおむね7年が目安になります(欠損金がある事業年度などについては、さらに長く求められる場合もあります)。7年という数字だけ見れば、ずいぶん長い猶予があるように感じられるかもしれません。

ここで気を付けたいのは、おおもとの記録を持っているのは事業者本人ではなく、銀行であり、カード会社であり、販売サイトの運営会社だということです。各社が取引の記録を画面に出してくれる期間は、7年よりはるかに短いことがほとんどです。サービスによっては、数か月分しかさかのぼれません。

書類(データ)の保存義務は7年。でも、ダウンロードできるのは数か月かもしれない。この差が、あとから効いてきます。

つまり、データは「必要になってから保存すればいい」のではなく、「消える前に手元へ落としておく」ことが必要です。そして、この話を事業を始めるときに教えてくれる人は、あまりいません。独立したばかりの方が最初に触れる情報は、たいてい売上の作り方についてのものであって、記録の残し方は後回しになりがちです。

ですから、もしいま記録が欠けているとしても、それはご自身の不注意というより、誰からも先に言われなかったことの結果だと考えてください。自分を責めても記録は戻ってきません。大事なのは、まだ残っているものを可能な限り、今日のうちに確保することです。

2. 消えやすい記録、5つ

実務でよく「もう出せません」となるものを、消えやすい順に挙げます。ご自身の事業に当てはまるものだけ見ていただければ十分です。

(1)ネット銀行の入出金明細

もっとも多い詰まりどころです。画面に表示される期間はサービスごとに違い、直近の数か月分しか出てこない口座もあります。表示されなくなっても、金融機関に取引明細の発行を依頼できることがありますが、遡れる期間には限界があり、手数料と日数もかかります。

(2)キャッシュレス決済・電子マネーの利用履歴

スマートフォンの決済アプリやICカードの履歴は、表示件数や表示期間が限られていることが多く、新しい履歴が増えれば古いものから消えていきます。これらのシステムに少額の経費データが集まっている場合、消えた分の経費がそのまま抜け落ちます。

(3)販売サイト・プラットフォームの取引明細

ネット物販やフリマアプリでの販売履歴、手数料の内訳、入金の明細です。売上や仕入れそのものの根拠であるにもかかわらず、一定期間が過ぎると画面から消える場合があります。プラットフォームを退会したり、アカウントを作り直したりすると、前のアカウントの取引データが閲覧できなくなることもあります。

(4)クレジットカードの利用明細

カード会社の会員サイトで見られる明細も、遡れる期間には上限があります。とくにすでに解約したカードは要注意で、解約後は会員サイトにログインできなくなり、自力では取引記録を確認できなくなります。

(5)仕入れた在庫の値段が分かるもの

商品を仕入れて売る事業では、決算のときに売れ残っている在庫の金額をどう計算するかを決めなければなりません。そのためには、在庫になっている商品をそれぞれいくらで仕入れたかが分かる資料が要ります。この資料が不足すると在庫の金額が確定できず、利益の計算も止まってしまいます。仕入先からのメールや納品書は、商品が売れてからも捨てずに保管してください。

紙よりも、デジタルのほうが消えます

「紙の領収書をなくすのが怖い」という声をよくうかがいますが、実務で困るのはむしろ逆です。紙は放っておいても引き出しに残ります。画面の中の記録は、放っておくと勝手に消えます。まず手を打つべきは、画面の中にしかない記録のほうです。

3. 記録が欠けると、どういう不利があるのか

「多少抜けていても、だいたいで大丈夫では」と思われるかもしれません。実際に何が起きるかを、整理しておきます。

いずれも、記録さえ手元にあれば起きなかったことです。裏を返せば、いま手元に落としておけば防げるということでもあります。

4. 今日30分でできる棚卸し

難しいことはやりません。事業で使っているサービスを一つずつ開いて、「どこまで遡れるか」を見て、出せるだけ落とす。それだけです。

今日やること

  • 事業で使っている口座・カード・決済サービス・販売サイトを、思いつくままに紙に書き出す(解約済みのものも含める)
  • それぞれにログインし、いちばん古い記録の日付を確認して、書き出した紙に添える
  • 出せる期間の明細を、CSVまたはPDFですべてダウンロードする
  • ダウンロードしたファイルを、パソコン本体ではなくクラウドの保存先に置く(端末の買い替えで消えないように)
  • 紙の通帳があれば、今週中に記帳する(未記帳の期間がまとめて合算されてしまう前に)
  • 事業を始める前に買ったもの(機材、講座、開業の準備費用など)の領収書を探して、同じ場所にまとめる

最後の項目について補足します。事業を始める前に支出したものでも、開業のための費用として計上できることがあります。ただし扱いは状況によって変わりますので、まとめたうえで顧問税理士に見てもらってください。捨ててしまってからでは判断できません。

この棚卸しは、継続する必要があります。四半期に一度、同じことを繰り返すと決めてしまうのがいちばん確実です。カレンダーに3か月おきの予定を入れておけば、それ以上は何も覚えておく必要がなくなります。

5. すでに欠けてしまっているときの伝え方

ここからが本題かもしれません。確認した結果、データをどうしても出せない期間があった場合、どうすればよいか。

いちばん避けたいのは、記録が欠けていることを言わないまま作業を進めてもらうことです。税理士は手元にある資料が全部だという前提で組み立てますから、あとから穴が見つかると、それまでの作業をやり直すことになります。時間も費用も、余計にかかります。

おすすめしたいのは、まず記録が欠けている範囲を伝えることです。「ここまでは出せます。ここから先は出せません」と、境目を先に伝えてしまう。

そのまま使える伝え方

「口座の明細は、いちばん古いもので何年何月分から取得できました。それ以前は画面に表示されず、金融機関に発行を依頼するか検討中です。販売サイトの履歴は、何年何月分までさかのぼれています。カードのうち1枚は解約済みで、明細を確認できません。この前提で、どう進めればよいでしょうか。」

ここまで具体的に伝われば、多くの税理士は、記録が欠けている前提で進め方を考えてくれます。記録が欠けている状態は珍しいものではなく、その欠け方が分かっていれば対処方法も考えられます。伝えたことで叱られるのではないかと心配される方は多いのですが、実際には、早く伝えてもらえるほうがありがたいのが本音です。

逆に、境目まで具体的に伝えたのに「とにかく全部揃えてください」と返されてしまい、代わりの案が出てこないようであれば、そのときは相談の仕方ではなく、相談先との相性を見直す材料になるかもしれません。ただ、その判断を急ぐ必要はありません。まずは一度、いまの顧問税理士に境目を伝えてみるところからで十分です。資料を送れないまま、連絡が止まってしまったときの記事でも触れていますが、詰まりの多くは、言い出せないまま時間が過ぎることで起きています。

ご相談の例

販売履歴が消えてから相談に来られた方

ネットで物販をされている個人事業主の方が、事業を始めて1年半ほど経って相談に来られました。売上の入金は口座の明細で追えたものの、販売サイト側の取引明細が、すでに閲覧できる期間を過ぎていました。入金されていたのは売上から手数料を差し引いた後の金額だったため、手数料の内訳が分からないままでは、売上そのものの金額を確定できません。別の資料からの積み上げで決算を組むのに時間がかかり、そのぶん業績の把握と打ち手の検討が遅れました。

ご相談の例

解約したカードの明細が出せなかった方

法人を設立された方が、設立前の準備期間に使っていた個人名義のカードを、設立後に解約されていました。相談の時点で会員サイトにログインできず、準備期間の支出を確認できません。領収書が残っていたものは拾えましたが、明細でしか把握していなかった支出については、費用として計上できるかどうかの判断自体が不可能になり、経費に入れることは叶いませんでした。カードは、明細を落とし終えてから解約する。それだけで防げたご相談でした。

まとめ ― 残っているうちに、落としておく

要点は3つです。

  1. 保存すべき期間(7年が目安)と、取得できる期間は別もの。後者のほうがずっと短い
  2. 消えやすいのは、画面の中にしかない記録。口座、決済サービス、販売サイト、カード、そして仕入れた値段が分かる資料
  3. すでに欠けているなら、境目を先に伝える。伏せたまま進めるほうが、時間も費用もかかる

今日できることは、ログインして、いちばん古い日付を見て、出せるだけ落とすこと。それだけです。30分あれば終わります。

そのうえで、いま顧問税理士がいらっしゃるなら、確認した結果をそのまま伝えてみてください。これから探される段階の方は、最初の相談のときに「記録がここまでしか出せないのですが」と先に言ってしまうことをおすすめします。資料が足りないことを伏せたまま顧問の関係を進めると、たいてい後で苦しくなります。

※本記事で紹介したご相談の例は、実際にお受けした複数のご相談をもとに、内容を匿名化・再構成したものです。特定の個人・法人を指すものではありません。

よくある質問

開業してから何年か経ってしまいました。いまからでも記録は揃えられますか?

揃えられる記録と、回収できない記録があります。まず、いま手元にあるもの(通帳、カードの利用明細、メールで届いた領収書、販売サイトの取引履歴)で、どこまで遡れるかを確認してください。まだ取得できる期間が残っているデータは、今日のうちにまとめて保存します。そのうえで、どうしても出せないデータがあることを顧問税理士に先に伝えてください。資料が欠けている前提で決算を組み立て直す方法はありますので、伏せずに伝えるほうがスムーズに進みます。

過去の銀行の明細が画面に表示されません。どうすればよいですか?

画面に出てこなくても、金融機関に取引明細の発行を依頼できることがあります。発行できる期間や手数料、届くまでの日数は金融機関ごとに違いますので、まずは口座のある金融機関に問い合わせてください。紙の通帳をお使いの場合は、記帳していない期間の記録が合算されてしまう前に記帳しておくと、情報が失われずに済みます。

記録が足りないことを、税理士に言っても大丈夫でしょうか?

大丈夫です。むしろ税理士側は、記録が足りないことを知らされないまま作業が進んでしまうことを避けたいと考えています。記録の欠けは珍しいことではなく、多くの税理士は記録が欠けている前提でどう進めるかのノウハウを持っています。早く伝えるほど、まだ取得できるデータを拾いにいく時間が残ります。「ここまでは出せます、ここから先は出せません」という形で、境目を先に伝えてください。

記録が欠けたままでも、ご相談いただけます

ヒアリングとご提供いただいた資料をもとに、どこまで揃っていて、どこから組み立て直しが必要かを一緒に整理します。いまの顧問税理士のままで問題がなければ、その旨を率直にお伝えします。「こう伝えてみては」という助言だけで終わることもあります。

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