あなたの手取りを決めているのは、税金ではなく社会保険料かもしれない ― 税理士に聞けること、聞けないこと
クライアントさまから「節税したい」というご相談をお受けして、いま何にいくら払っているのかを一緒に整理していくと、話が途中で税金以外に向かうことがあります。クライアントさまの手取りを減らしていた原因が、税金ではなく社会保険料だった、というときです。
社会保険は、税理士の業務に含まれるかと思われますが、実はそうではありません。そのため「社会保険のことは誰に聞けばいいのか」が分からず、相談されないまま放置されやすいテーマでもあります。この記事では、税と社会保険がどう違うのか、そして顧問税理士に聞ける範囲はどこまでなのかを、事業主の税務顧問を務める税理士として整理します。
1. 「節税したい」というご相談が、途中で社会保険の話になる
私たちが初めてご相談をお受けするとき、話はたいてい「税金が高い気がする」というところから始まります。ところが支出を詳しく調べてみると、負担の内訳がご本人の想像と違っていることが少なくありません。
会社から給与を貰っている方の場合、給与から引かれているのは所得税と住民税だけではありません。健康保険料と厚生年金保険料が、会社と本人で折半して負担され、合わせると年収のおおむね3割前後になります。本人が負担するのはその半分ですが、会社から見れば、社会保険料は無視できない出費です。
個人事業主の方は、国民健康保険料(自治体によっては国民健康保険税)と国民年金保険料を、所得税や住民税とは別に納めることになります。とくに国民健康保険料は市区町村ごとに計算のしかたが違い、世帯の所得と人数で金額が決まるため、自分で見積もりにくい支出です。
つまり、「税金が高い」という印象は「手取りが少ない」という感覚から来ていることが多く、その手取りを少なくしている要因には、しばしば税金の他に社会保険料が混ざっています。そして税や社会保険の負担を減らそうとしたとき、税だけを見て対策を決めると、社会保険の面で不利になることがあります。ここが、税と社会保険の関係の厄介なところです。
2. 税金と社会保険は、別の物差しで動いている
同じ「収入にかかる負担」でも、税と社会保険は制度の趣旨が別です。これらの混乱しやすい違いを、3つに絞ってお話しします。
(1)計算のもとになる「いつの数字か」が違う
所得税は、その年の所得に対して年末調整ならその年のうちに、確定申告でも翌年2月~3月までに精算されます。一方、国民健康保険料と住民税は、前年の所得をもとに計算され、翌年の6月から1年にわたって精算されます。この「1年のずれ」によって、ある年に収入が大きく増えると、【その翌年】に国民健康保険料や住民税が大きく増えます。そして、逆もまた然りです。
会社員を退職して独立した方が、独立1年目にいちばん驚かれるのが、この国民健康保険料と住民税の額です。売上がまだ十分に立ちあがっていない年に、在職中の高い給与をもとに計算された保険料と住民税の通知が届きます。しかも会社員時代は社会保険料を会社と折半していたものが、国民健康保険は全額自己負担のため、納付する額も高くなりがちです。
(2)「扶養に入れるか」の基準が、税と社会保険で違う
配偶者や家族の働き方を考えるとき、多くの方が調べるのは所得税の側の基準です。ところが社会保険の扶養は、所得税とはまったく別の基準で判定されます。その違いは主に3つあります。
- 見る期間が違う。所得税は1月から12月までの実績により判定しますが、社会保険の扶養は原則として「これから先1年間の収入見込み」により判定されます
- 計算の基準が違う。所得税では非課税となる通勤手当なども、社会保険の扶養の判定では収入に含めて計算します
- 計算の方法が違う。税の側は控除が段階的に減っていきますが、社会保険の扶養から外れると、その時点で一定額の負担が生じます
そのうえ、壁の金額は制度改正でたびたび動いています。税の側の控除の基準は近年毎年のように見直しが入っていますし、社会保険の側も、従業員の規模などに応じた加入対象事業所の範囲の拡大が段階的に進んでいます。数年前に調べた数字のまま働き方を決めていると、いまの基準とずれている可能性があります。金額の線引きは、必ず現時点の最新の制度を確認してください。
(3)税より社会保険のほうが、負担が重いこともある
所得税は所得が増えるほど税率が上がる累進税率を採用しています。そのため所得の低い方に比べて、所得が高い方の税負担は相対的に重くなります。
一方、社会保険料の負担はおおむね報酬に比例し、かつ上限があります。したがって、所得が低い層ほど、社会保険料の負担の比率は大きくなります。小規模な事業者やこれから会社を退職して独立する方にとって、税より社会保険のほうが重いことは、決して珍しくありません。
ただし、社会保険には節税効果もあります
支払った社会保険料は、所得税や住民税の計算においては、全額が所得控除の対象になります。つまり社会保険料を多く払えば、その分だけ所得税と住民税は下がります。逆に、社会保険料を減らす対策を打つと、税負担はその分増えます。片方だけを見て「いくら減った」と喜ぶと、差引の手取りでは思ったほど変わっていない、ということが起こります。税と社会保険は、必ず合計で比べてください。
3. 税理士に頼めること、社会保険労務士に頼むこと
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい線引きです。
まず、明らかにしておくべきことがあります。社会保険の手続の代行は、税理士の業務ではありません。被保険者資格の取得や喪失の届出、家族を扶養に入れる手続き、算定基礎届の提出といった手続きの代理は、社会保険労務士の業務と法律で定められており、税理士がこれを引き受けることはできません。もし会計事務所から「うちなら社会保険の手続きもまとめてやります」と言われたら、実際に誰がその手続きを担当するのかを確認したほうがよいでしょう。
では、税理士には社会保険のことを何も聞けないのかといえば、そうではありません。社会保険の手続きの代理はできませんが、負担がいくらになるかを試算し、法人や個人の所得をどう設計するかを一緒に考えることは、税理士にとって日常的な業務です。整理すると、次のようになります。
顧問税理士に聞けること(設計と試算)
- 役員報酬をいくらにすると、税と社会保険の負担が合計でどう動くか
- 法人にした場合と個人事業のままの場合で、負担全体がどう変わるか
- 家族に給与を出すとき、税と社会保険の両方でどんな影響が出るか
- 退職して独立する年に、税と保険料がいつ・いくら出ていくか
- いま払っている保険料が、事業の資金繰り表のどこに載るか
社会保険労務士に頼めること(手続きと労務)
- 加入・喪失・扶養・算定基礎届などの届出の作成と提出
- 従業員を雇うときの労働保険の手続き
- 就業規則や雇用契約、労働時間・休暇のルールづくり
- 助成金の申請
私たちがご相談をお受けする場合も、社会保険の手続きが必要な場面になれば社会保険労務士をご紹介します。「できません」で終わらせず、担当が誰なのかまで示す——そこまでは、顧問に期待できます。
4. 相談する相手を間違えやすい4つの場面
実務でよく出会うのは、次の4つの場面です。いずれの間違いも、動く前に一言相談があれば景色が変わったのに、事後に知ったというかたちで現れます。
会社を辞める直前 ― 健康保険の選択に期限がある
会社を退職した方には、国民健康保険に切り替える、それまで加入していた健康保険を任意継続する、家族の扶養に入る、といった選択肢があります。どれが有利かは、前年の所得や家族構成で変わります。ただし任意継続には、退職日の翌日から二十日以内という申請期限があり、退職してから調べ始めると期限が過ぎてしまって入れなくなる恐れがあります。退職を決めた時点で、任意継続を選択した時の社会保険料を試算することをお勧めします。
配偶者の働き方を考えるとき ― 税の基準だけで判断してしまう
配偶者がどれだけ働くかを考えるとき、税の側の基準だけを見て「ここまでなら扶養から外れない」と判断される方が多くいらっしゃいます。ところが社会保険の扶養は税とは別の基準で動くため、税の扶養から外れなくても社会保険の扶養から外れ、世帯全体の手取りが想定と変わることがあります。働き方を考える前に、税と社会保険の両方の基準を紙に書き出すだけで、適切な判断ができるでしょう。
役員報酬を決めるとき ― 減らした保険料と、減った保障
社会保険料の負担を抑えるために役員報酬を下げる経営者の方がいらっしゃいます。役員報酬を低くすれば確かに社会保険料は下がりますが、健康保険や厚生年金の給付は報酬の額をもとに計算されるため、将来の年金額や、病気で働けなくなったときの傷病手当金なども下がることに注意が必要です。さらに報酬をゼロにすると、原則として社会保険の被保険者ではなくなり、個人で国民健康保険と国民年金に加入する必要が生じる可能性もあります。役員報酬を下げる前に、そのメリット、デメリット両方を考えましょう。
法人化を考えるとき ― 理由が社会保険の軽減なら、法人化しないほうがよいかもしれない
法人化に関するご相談のなかには「社会保険の負担を軽くしたい」からという理由をうかがうことがあります。しかしたとえひとり法人の社長であっても社会保険には加入しなければいけません。個人事業の国民健康保険・国民年金と、法人の健康保険・厚生年金では、負担の計算も将来の給付も変わり、どちらが有利かは報酬の水準や家族構成によります。法人化には税以外の理由(取引先の要請、外部への信用度:取引先開拓や人材採用)もありますので、社会保険だけを理由に法人化を決めないほうが安全でしょう。
5. いまの顧問に聞いてみたい3つの質問
ここまで読んで「うちの顧問税理士は、社会保険の話をしてくれたことがない」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。ただ、それが直ちに顧問の問題だとは限りません。契約の範囲に含まれていないのかもしれませんし、聞かれていないから答えていないだけかもしれません。
ですので、まずはいまの顧問に、社会保険の話を聞いてみることをおすすめします。責める必要はありません。次の3つを、そのまま尋ねてみてください。
- 「いま私(当社)は、年間でいくらの社会保険料を払っていますか」——まずは金額を明らかにすることです
- 「役員報酬(私の働き方)を変えると、税と社会保険の合計はどう動きますか」——片方だけでなく合計で見てほしいと伝えます
- 「社会保険の手続きが必要になったら、どなたにお願いすればよいですか」——手続きの担当が事務所の中にいるのか、外部の提携先があるのかが分かります
この3つの質問に具体的な答えが返ってくるなら、いまの顧問と話し合える関係です。答えが曖昧でも、それは「範囲外だった」というだけかもしれませんので、契約の範囲を見直すという選択肢が次に来ます。顧問に何をどこまで頼めるのかについては、顧問税理士がふだん何をしてくれる人なのかを整理した記事も合わせてご覧ください。
まとめ ― 片方の物差しだけで、大きな判断をしない
この記事の要点を、4行にまとめます。
- 手取りを減らしているのは、税だけとは限らない。とくに小規模な事業者ほど、社会保険料の比重が大きい
- 税と社会保険は、別の物差しで動いている。見る期間も、計算の基準も、計算方法も違う
- 社会保険の手続きの代理は、税理士の業務ではない。ただし負担の試算と設計は、税理士に相談してよい
- 大きな判断の前に、税と社会保険を合計して考える。退職・扶養・役員報酬・法人化の4場面はとくに
いちばん避けたいのは、片方の物差しだけを見て行動を選択してしまい、あとからもう一方の負担の重さに気づくことです。そして、こうした「動く前に相談すれば結果が変わること」は、社会保険に限りません。あとから直せない期限つきの選択と同じ構造の問題です。
まずは、いまの顧問に3つの質問を投げてみるところから始めてみてください。それで答えが返ってくるなら、顧問を変える必要はありません。
※本記事で紹介したご相談の例は、実際にお受けした複数のご相談をもとに、内容を匿名化・再構成したものです。特定の個人・法人を指すものではありません。また、保険料の料率や扶養の判定基準、各種の期限は制度改正により変わります。実際のご判断にあたっては、その時点の最新の制度をご確認ください。
よくある質問
社会保険のことを、顧問税理士に相談してもよいのでしょうか?
ご相談いただいて構いません。ただし、被保険者資格の取得や喪失、扶養の届出といった社会保険の手続きそのものの代行は社会保険労務士の業務であり、税理士は行えません。一方で、役員報酬をいくらに設定すると税と社会保険の負担が合計でどう動くか、法人にした場合にそれらの負担がどう変わるかといった設計と試算は、税理士の日常的な業務のひとつです。一般的には、社会保険の手続きが必要な場面では、社会保険労務士をご紹介することになります。
会社を辞めた翌年に、国民健康保険料が急に高くなったのはなぜですか?
国民健康保険料は前年の所得をもとに計算されるためです。在職中の給与が高かった方ほど、収入が下がった年に高い保険料の通知が届くという、期間のずれが効いてきます。また、会社員時代は社会保険料を会社と折半していましたが、国民健康保険は全額自己負担です。退職の直後であれば、会社の健康保険を任意継続するという選択肢もあり、どちらが有利かは退職前に試算できます。任意継続の申請には退職日の翌日から二十日以内という期限があるため、会社を辞めてから考え始めると間に合わない可能性があります。
役員報酬を下げれば社会保険料は減りますか?
役員報酬の額を下げれば社会保険料も下がります。ただし、健康保険や厚生年金の給付は報酬の額をもとに計算されるため、将来受け取る年金や、病気で働けなくなったときの傷病手当金なども下がることに注意してください。また報酬をゼロにすると、原則として社会保険の被保険者ではなくなります。保険料が減ることだけを見て役員報酬を決めるのではなく、負担と保障を考えに入れて判断してください。役員報酬を変更できる時期にも制限があるため、決算期と合わせて確認が必要です。
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ヒアリングとご提供いただいた資料をもとに、税と社会保険の負担合計を一緒に整理します。社会保険の手続きが必要な場面では、社会保険労務士をご紹介します。いまの顧問のままで問題がなければ、その旨を率直にお伝えします。セカンドオピニオンだけでも構いません。
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